「かわいい」和「かわいそう」
“可爱”和“可怜”

「おいしい」と「おいしそう」は意味が似ているのに,「かわいい」と「かわいそう」は意味が似ていないのはなぜでしょうか。
明明“おいしい・好吃”和“おいしそう・看起来好吃”的意思是相似的,但“かわいい・可爱”和“かわいそう・可怜”的意思却不一样,这是为什么呢?
現在では,「かわいい」は「愛らしい」という意味,「かわいそう」は「気の毒」という意味で使われている。
现在“かわいい”是被当作“可爱”的意思被使用,“かわいそう”则是被当作“可怜”的意思被使用。
しかし,元々の意味は,「かわいい」は「気の毒」,「かわいそう」は「気の毒なさま」,という意味だった。「顔映(は)ゆし」=「恥ずかしい」が語源。
但(它们)本来的意思(不是这样的),“かわいい”是“可怜”的意思,“かわいそう”是“可怜的样子”的意思。“顔映(は)ゆし”=“害羞”是它们的语源。
鎌倉時代になり,「かわいい」=「気の毒」 ← 「恥ずかしくてまともに見られない」。「かわいそう」=「気の毒なさま」と使われるようになった。
到了镰仓时代,“かわいい”=“可怜”←意思是“羞耻得不能直视。“かわいそう”=“可怜的样子”的用法传播开来。
室町時代になると,「かわいい」=「あいらしい」 ← 「気の毒で放っておけない」「かわいそう」=「愛らしいさま」という,使われ方になり。
到了室町时代,“かわいい”=“惹人爱”←“可怜得不能放任不管”, “かわいそう”=“可爱的样子”,变成了这样的使用方法。
江戸時代になると,「かわいい」=「あいらしい」,「かわいそう」=「気の毒なさま」と意味が変化していった。
到了江户时代,“かわいい”=“惹人爱”,但“かわいそう”=“可怜的样子”,像这样意思发生了变化。
意味合いが変化していく言葉には,他にも例がある。
像这样意思慢慢在变化的词语,还有其他的例子。
「ぼける」も「ほれる」も漢字では,「惚」という字をあて,「惚ける」,「惚れる」という。元々は,平安時代,「心が放れる」から,放心状態の意味をもち,「ほれる」・「ぼける」両方の意味を持っていた。室町時代になり,「ほれる」が「相手に夢中になる」,「うっとりする」という意味になっていった。
“ぼける”和“ほれる”的汉字都是“惚”,写作“惚ける”和“惚れる”。原本在平安时代,从“心が放れる”这个词语而来的“ほれる”和“ぼける”双方都表示精神恍惚、魂不守舍的状态。到了室町时代,“ほれる”就变成了“为对方入迷陶醉”、“神魂颠倒”的意思了。